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AV女優 戸田真琴さんのコラム

AV女優 戸田真琴さんのコラム「悩みをひらく、映画と、言葉と」がすごくいい。「シン・ゴジラ」や「この世界の片隅に」を取り扱ったブログで話題を集めていた彼女。この連載記事では映画を切り口に読者などから寄せられたさまざまな悩みを取り上げていくんだそう。初回記事では名作「スタンド・バイ・ミー」を通して、そのストーリーに触れながら“友達とはなんだろう”という問いに対して彼女なりの答えを提示している。そしてその解答がとても素晴らしいのです。どのセンテンスも輝きまくってる。

世の中には“多くの人がそうしている”“いままでみんなそうしてきた”といった理由から、なんとなく成り立ってしまっている目に見えない制約や慣習がある。それらは両親や周囲の人間から意に反して押し付けられたりすることもあるし、知らず知らずのうちに自ら服従してしまっていることもあるかもしれない。今回のコラムに自分がとくに心を惹かれたのは、戸田さんがそうした目に見えないルールみたいなものを「あなたのためという体裁をもっただけの錆び付いた掟」「育ててくれた環境にかけられた柔らかい呪い」と表現していたこと・・・。とにかく多くの人に全部読んでほしいなー。

最近は普通、つまり多数派ではない人々や生き方を肯定する作品に心を打たれることが多く(逃げ恥、コンビニ人間、夫のちんぽが入らないetc)、このコラムはそういう個人的なモードとぴたっとマッチしたのでした。次も楽しみだ! 

2017 2/21

ブログを始めようと思って3、4年が経った気がする。2017年こそはという思いもあったけどダラダラとやり過ごし気づけば2月も終わろうとしている。どうせならキリのいい3月から、いや新学期の4月からと囁く怠惰を振り切っていまから書き始めたい。こんな中途半端な時期だけど。 

ずっと読もうと思っていた「虐殺器官」を積まれた本の山から引っ張り出してきて読み進めている。せめて映画化の前にはと思ったけどやっといまになって。これめちゃくちゃ最高じゃないですか! ストーリーはもちろん、なにより会話がいちいちおもしろい。あらゆるカルチャーや思想や哲学的な分野に至るまでカバーされていて、それを見せびらかすわけでもなく、会話や描写のなかにさらっと散りばめられている。早く読み終えて映画も観に行こう。

あと今日からタワレコオンラインでポイント10倍的なセールがスタート。この機会にと村上春樹の新刊、そしてオザケンの新譜をポチり。続けて今月に入ってのそのそと周回遅れで追いかけていた逃げ恥をやっと最終回まで。星野源小沢健二。そういえば昨日ナタリーでやっていたチャット企画で、オザケンceroneco眠る、かまってちゃんの名前挙げてたのなんかよかったな。ceroくんって呼ぶとまた炎上するぞ。

昨日録画してた「聞き込みバトル旅」も。テレクラキャノンボール、もっといえば芸人キャノンボールっぽさもあり。ドランク鈴木の美味しいもの食べたときのリアクションがなぜだかツボにはまってしまった。

寝る前にレンタルしてたDVDで「インサイド・ヘッド」。先週、横浜で贅沢貧乏が再演した「みんなよるがこわい」を観て、あらすじだけ知っていたこの映画のことを思い出したから。 映画のほうはライリーという少女の脳内の話。登場人物は彼女の感情を擬人化したもので、喜び、悲しみ、怒り、むかむか、びびり。

人間の頭のなかには街が広がっていて、家族、友情、おふざけ、そのほか大切なもの(ライリーの場合で言えばホッケー)など、その人らしさを生み出しているエトセトラが島々として存在している。その頭のなかの世界では、思い出が再生機能も兼ねたビー玉として保存されているし、もちろんそれを保存する倉庫や、その重要度を図って取捨選択する業者みたいなものもある。寝てる間に見る夢を製作するスタジオ、お菓子や雲でできた家があるイマジネーションランド・・・。人間の脳の働きをファンタジーとして物語化してしまうその発想の数々にしみじみといいなぁと思ったのでした。

脳内に広がる街というと円城塔の短編「良い夜を持っている」を連想したり。あ、「みんなよるがこわい」も本当にいい演劇でした。こんな感じで見たもの読んだもの聞いたものをダラダラと書いていけたらなと。